花の植え替えに使う鹿沼土が無くなったので
ホームセンターまで買いに出かけました。
日曜日だけど、それにしても人が多い。
店内を少し歩いていると
「トイレットペーパーもいるでしょ、
洗剤はこれでいい?」
「自転車が欲しいのに自転車売り場に店員さんがいない」
「鍋なんてそんなにいらないよ、プライパンだけでいい」
そんな会話がそこらじゅうで聞こえてきます。
あぁ、そうなのね
新しく京都で生活を始める息子さんや娘さんたちのために
生活に必要なものを買いに来ている親子連れの方達で
いつもよりお店の中がぐんとにぎやかなのでした。
私学など、早いところでは明日、4月1日が入学式のところも
結構あるようで、
この週末に一緒に来られて買い物や新生活の準備を整えられ
入学式に出席される、というご家庭も多いのでしょう。
生まれてからずっと一緒に暮らしてきた子供さん、
見知らぬ土地へ一人残してご自宅に帰られるとき
ちゃんとやっていけるのか、一抹の不安や
親として子離れする寂しさや、色んな感情が相まって
帰り道の何とも言えない気持ち、親ならば皆、同じ気持ちになりますね。
私が大学生の頃、さだまさしさんの『案山子』という曲が流行ったことがありました。
元気でいるか 町には慣れたか
友達出来たか
寂しかないか お金はあるか
今度いつ帰る
そんな歌い始めだったでしょうか。
私は自宅通学だったのでこの歌を聞いても特段何を感じると言う事もなかったのですが
今でも私の大切な友人の一人、大学時代の同級生は
初めて親元を離れての下宿生活を送っていました。
ある日、その彼女が
「昨日、部屋でラジオを聴いていたらさだまさしの『案山子』が流れてきて
そしたら訳もなく涙が止まらなくなって、部屋で膝を抱えて泣いてた」
と言いました。
あぁ、そうなんだろうな。
親元を離れ、一人、アパートの部屋であの曲を聞いたら
そうなるんだろうな、となんだか鼻の奥がツーンとなるような思いで
彼女の話を聞いたのを覚えています。
別の日に。
遠方の大学へ進学し、初めての一人暮らしをしていた男友達がいて
(子供の頃からの近所同士の幼馴染で、彼とは高校までずっと同じ学校でした)
その幼馴染、一人暮らしの地で車を運転していて
事故を起こし(車同士の接触事故で幸い双方に怪我はないものの、幼馴染の不注意でした)、実家のお母さんに電話をしたらすぐにお母さんが飛んできてくれて
(と言っても新幹線で3時間余りの距離だけど)
相手方への謝罪や保険会社への手配など、
気が動転し、なすすべなくいた幼馴染に代わって諸々動き、
一応、初期に出来ることはもうない、という状態まで片づけての
駅までの帰りの車の中でカーラジオから『案山子』が流れてきたそうで
「俺、泣かんとこ思たけど、泣いてもたわ」と。
図体はやたらでかいのに気は小さい幼馴染。
慣れない土地で初めて事故を起こして心細かったんでしょう。
今や80才半ばになって頼りなくなってしまったお母さんの愚痴を
私が実家に帰って会うたびにぶつぶつ言うけれど
(あの事故の時のこと、忘れてしもたんかっ⁉)と言ってやりたい気持ちになります。
あっ
かく言う私も、幼馴染に合うと母の愚痴を言ってました(-_-;)
ホームセンターの喧騒は新しい生活に向けての準備で
親御さんも、お子さんもなんだか高揚した雰囲気だったけれど
その中にいて私はふと、
40年近く前の日の事を思い出していました。
さだまさしの奴め! (笑)