先週末からの三連休の最後の日、実家へ向かいました。
翌、火曜日に母の年に一度のMRI検査と月に一度の受診の付き添いのためでした。
25日、朝病院へ入り、MRI検査室に入った母は40分後にふらふらになって
検査室から出てきました。
どうやら検査中に気分が悪くなったようで立っていることも座っていることもできなくなり
急いで看護師さんに連絡して車いすをお借りし
とりあえず処理室のベッドで横にならせていただき経過を見ました。
血圧が190以上にまで上がっていて
吐き気もあるそうでした。
担当医に診ていただき、担当医は一過性のもので落ち着いたら大丈夫だろう、との
診断だったのですが母は不安でたまらなかったようで
入院をさせてもらえるよう頼んでほしい、とのことで
お願いしてそのまま入院させていただくことになりました。
病室の準備ができるまでの間に入院前の検査がいくつかあり
ふらふらで車いすで移動しながら検査をする母がかわいそうでした。
仕方ないとはいえ、具合が悪い時の検査は何とかならないのか、と思ってしまいました。
血液採取、尿採取、レントゲン、心電図を終わった頃に
「病室の準備ができましたよ」
と看護師さんが呼びに来てくださいました。
入院病室のベッドに横になってほっとした様子の母、
一方の私は、そこから数枚の書類の記入、
実家へ取って返して母の入院のための荷物を支度し、
新聞屋さんや牛乳やさんに配達の一時停止の連絡、
近所に住む叔母の家に入院の保証人(私以外にもう一人必要でした)になってもらうために書類を持っていき、
実家の電気とガスの元を停止してまた病院へ戻りました。
高齢になるといつ何が起きるかわからないので
いつでも入院できるようにバッグに一通りのものを詰めておくことが必要、と痛感しました。
幸い、私は母のものが家のどこに何があるかを把握しているので
母が話すこともつらい状態でも家に帰って入院のための必要なものを揃えることができましたが、高齢になってそういうことができる身内や身内に代わる人がいないと
本当に大変でしょうね。
夫の両親の家については夫も私もどこに何があるか
ほぼ把握できていません。
嫁の立場となると、勝手にあちこち開けることも憚られ、
では夫とは言えば、私以上に何がどこにあるかわかっていない、という始末で
これからどうなるんだろう、と不安が募ります。
義母には年の離れた妹が九州に住んでいて、その妹が「お姉ちゃん、家を処分するならその前に私が欲しいものを取りに行くから勝手にしないでね」と連絡が来ています。
認知症の初期症状が出ている義母ですので「大事なものがどこにあるかわからない、あれこれが無くなった」、と我が家に電話してくることもたびたびあって
けれどそういう日常を九州の義理叔母は詳しくは知りません。
私が義理実家の片付けを手伝って、後になって義理叔母から
「あるはずのものがない」といわれる心配なども頭をよぎり
片付け作業を手伝うにも気の重いところです( ←愚痴です・;´Д` )
さて、母の入院の手続きを終えてもう一度実家へ戻り
私もいったん京都に戻ることにしました。
実家近くのお寺
『亀山御坊 本徳寺』
1515年に開山された古くてとても広い境内を持つお寺です。
西の本願寺と言われていて新選組とも縁があるらしく映画やTVのロケなども時々
行われています。
姫路には書写山円教寺という、西の比叡と呼ばれている天台の古刹などもあって
西日本の一つの要所だったことが感じられる歴史のある街です。
↑の亀山御坊本徳寺の近くにはまるで京都の寺町や寺之内通のように
数々のお寺が集まっていて、その中の一つのお寺の境内に見事な梅が咲いていました。
あと二日で2月も終わり。
新型コロナウィルスの影響で様々なイベントの取りやめが始まってます。
大学では先頭を切って近畿大学が「卒業式・入学式それに伴うイベント」の中止を発表されました。
苦渋の決断だったでしょうがマンモス大学の英断にきっと右へ倣えをするところが出てくることでしょう。
この春、卒入学を控えている方やその後親族の方の心配な気持ちや
残念な気持ちを考えると何とも言えず切ないです。